大巨人史
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最新回 第6回  第5回

第6回

作者:長井正広

幅がのちにプロレスラーとなって、アメリカへ海外遠征とは名ばかりの、たった一人での武者修行の旅に出たことを知った通子は、髪を切り、何のつてもないまま幅を追って、アメリカに渡った。通子は幼い頃に聞いた、将三郎と姫子の、駆け落ち同然の愛の形に自身を重ねていたのかもしれない。

大胆にも、本名をまるで捨て、アサシン・ミヤモトのリングネームでデビューした通子は、苦労を重ねながらも幅に追いすがるようにアメリカ各地を転戦、やがてついにはメインイベンターに昇格した。通子は日本プロレス史における、女子プロレスラーの草分け的な存在となった。

まさに姫子の格闘家の魂が通子へのりうつったかのようだった。


「今までプロレス人生ばかりではなく、私生活でも通子には、肝がすわっているというか……、驚かされることばかりだったが、このときがいちばん俺は驚かされたよ。まさかアメリカまで追ってくるとは……。

しかし、通子がどう思っていたかは聞いたこともなかったが、武者修行で精いっぱいだった俺も、心の中では通子といっしょにタッグを組んでいるつもりで戦っていた。吉川氏の小説のとおりとまではいわないが、たしかに俺たちはつよく心で結ばれていた。

ああ、一時マスコミでもてはやされた。通子がイミテーションで『愛』の文字の入った珠をつくり、凶器につかっていたというのは、まったくのガセネタだ……。母の話す、いわゆる『将珠伝説』にむりやりにこじつけたのだろう。」

『リングジャーナル 五十号記念号掲載(幅巻頭インタビュー記事)』より抜粋。

そして、二人の愛は……。

ワシントンでの、ヨシオカジムでの過酷なトレーニングから始まり、クライマックスをN・W・Aレディースチャンピオン、ガン・ルウ・ササキとのマンハッタン島でのデスマッチで閉じる格闘シーンの数々をメインストーリーに、そして、同じく転戦を重ねる幅に追いすがろうとする通子と、あくまでも格闘技修行の妨げになるとみなして、振り払う将兵の姿をサブストーリーに配置したノンフィクション小説に結実した。

過酷な連戦に身をぼろぼろにしながらも、愛に殉じようとする通子と、大志を貫くために愛しながらも、感情を捨て去ろうとする将兵。

この二人の壮絶な愛の形は、伝記作家吉川英字氏によって「宮本アサシン(暗殺者)」の書名で超大作にもかかわらず、一大ベストセラーになった。

ただ……、それらはすべて後のことで、まだ幼い将兵と通子の運命は太平洋戦争に翻弄されていくことになるのである。


太平洋戦争に突入し、軍靴が間近に響いてきて、ついに将三郎の興行は立ち行かなくなってしまった。仕方なく将三郎一家は大阪に腰を落ち着けた。ところが、生計を支えなければならない将三郎が招集されてしまった。ただ故郷を飛び出してきた姫子はふたたび故郷に戻り、親や親族に頼る気持ちにはとうていなれなかった。

姫子はまだ幼い将兵を抱えて、必死に戦禍の中を生き抜いた。姫子にとっては、将兵だけが心の慰めになった。

「この子は狛犬さまに守られている……。だから、将三郎さんもぜったいに帰ってくる。また私たちはみんなで興行をする……」

将三郎が離れて、姫子は新たに二人が出会った頃の思いが強くなっていった。

だがやがて、ようやく終戦を迎えたのもつかのま、姫子は絶望の淵に叩き込まれることになった。

南方戦線に転戦していた将三郎が遺骨で戦地から戻ってきたのだった。ついに姫子が頼れる者はもうどこにもいなくなった。姫子は将兵と二人になってしまった。もちろん、興行などどうすることもできない。姫子は何らすがるもののないままに、戦後の混乱期に立ち向かわなくてはならなくなった。

……そして、それでもまだ、姫子は故郷に戻ろうとはしなかった。


「母に父の遺骨を見せられた日、母は涙を浮かべながら、俺にお父さんは最後の興行を終えた、といった。俺はなぜか亜米利加兵と相撲をとった父が土俵に叩きつけられて、蛙のようにつぶれた場面を思い浮かべた。

くやしかった。

あの日、涙にくれて眺めた、真っ赤に染まった夕焼け空は一生忘れんよ。凶器攻撃をうけて、ふと意識がとぎれそうになったときには、かならず浮かぶんだ。夕焼け空を背景にした血みどろの父の顔が……。そして、父は俺に力をくれる……。」

『週刊リング 昭和五十年四十三号掲載(幅インタビュー記事)』より抜粋。

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